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西洋古典語典

西洋古典語典

西洋古典語典

著者
渡辺紳一郎
発行
昭和31年(1956年)
装幀・挿絵
横山泰三
著者
プロフィール
明治33年3月16日生まれ。杉靖三郎の兄。大正13年東京朝日新聞社に入社。パリ支局長,ストックホルム支局長を歴任。戦後は海外の豊富な経験をかわれ,NHKのクイズ番組「話の泉」や「私の秘密」のレギュラー解答者として活躍,口ひげと博学で人気をあつめた。昭和53年12月22日死去。78歳。東京出身。

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豚の真珠

 豚に真珠  Throw(cast)pearls befor swine,(E)
 日本の「猫に小判」に似た文句。値打の分らない者に貴重な物を出すこと。「豚の前に真珠を投げる」というのは聖書にあるキリストの言葉。
 英語のスワイン swine は、単数も複数も同じ形、ドイツ語の Schwein シワインと同じ系統の言葉、英語のpigは昔は俗語だつたから聖書にはスワインのほうを使つている。
 「豚に真珠」は、新約聖書マタイ伝第七章第六節にある。「猫に小判」なら、猫は怒りもしない、ただそれだけのことであるが、「豚に真珠」のほうは怒るからいけない。今の豚と違つて、キリスト時代のユダヤの豚は野性があつて、猪に近かつたのかも知れない。
 マタイ伝では、豚を古代ユダヤ教で汚れの動物と考えていた犬と同列に扱っている。  「犬に神聖なものを与えるな、また豚に真珠を投げてやるな。犬や豚は、それらを足でふみにじり、ふりむいて、あなたに咬みつくだろう、そんなことをしないように」
 Give not that which is holy unto the dogs, neither cast ye your pearls before swine,lest they trample them under their feet,and turn again and rend you.
 「猫に小判」というのに、もつと似ているのは「大衆にキャヴィヤ」という。キャヴィヤ caviarは、蝶鮫 sturgeon の卵の喘漬、ロシア語でいう黒いほうのイクラである。我々のこのわたのたぐいで、通人が珍重する。通人以外の俗人は値段の高いのにあきれるだけで、珍味とおもって有難がらない。
 シェークスピヤの「ハムレット」の中にも、「キャヴィヤの味は通人でなければ判らない」といつた意昧の文句がある。
 「大衆にキャヴィヤ」を英語で Caviar to the general.
 何事によらず、余りにも高尚で俗受けしない物、いわゆる文芸映画が、ミーハーに受けない―といつた場合に、この「大衆にキャヴィヤ」というが、この英語を「将軍にキャヴィキを差上げろ」と訳した人があつたという話がある。フランス語では caviar au peuple キャヴィアール・オー・プープル「民衆にキャヴィヤ」となつていて、誤訳のしようがない。